長らく網干総合車両所の公開に入ってませんでしたが、歴代新快速の車両が並ぶとのことでおよそ10年以上ぶりに行ってまいりました。その時の記録です。
網干駅に降り立って、そこからシャトルバスが出ていました。
ただし、駅から結構歩いたところにある空き地からのバス乗車でした。後で地図を見ると、結構遠回りさせられてたようでした。また、バスの到着地点も、陸橋から構内直行ではなく、出入り口止まりになっていました。
バスを降りて近くの建物に入ると、台車がずらりと並んでいました。また、台車を回転させる機械があり、台車枠反転装置というそうです。これなら、メンテナンスも楽になりそうですね。 |
反転装置の横には、ボルスタレス台車が展示されていました。 詳しい説明がなかったので、よくわかりませんでした・・。 |
ずらりと並ぶ車輪の数々です。車輪によって白かったり茶色かったりします。一番右側はモーター?かなんかでしょうか。 |
117系は国鉄時代の幕を表示してほしかったのですが・・・敵わなかったですね。117系がこうやって新快速幕を表示しているのを見れたのは数年ぶりだったのでうれしいです。リバイバルなどの企画があればいいですね。 |
南引上げ線には、DD51・オヤ34・マイテ49が並んで展示されていました。昔ここ行ったときは、C56-160+12系客車+マイテ49の豪華な乗車体験がありました。 |
DD51-1192が展示されていました。なんとボンネット部?のフタが開放されていて、中にあるエンジンが見れるようになっていました。 |
オイラン車こと、オヤ31です。車庫内からは、針が飛び出した状態を見ることができました。この針に触れると信号が送られて記帳される仕組みになっています。 それにしても、銘板がすごいんです。元々は昭和12年に梅鉢車輛會社で製造されたスロハ31という車両を、昭和32年に長野工場で改造したんだそうです。梅鉢車輛會社は、JR阪和線鳳車庫の横にあった帝國車輛工業の前身だそうです。 |
マイテ49 2です。展望スペースから流れる景色を見るのは格別だったと思われます。 現代だと、トワイライトエクスプレス瑞風号で同じ体験ができますが、当時のマイテ49と同様、庶民には高嶺の花ですね。。 案内パネルを見ると、座席がすべて内側を向いています。これは意外でした。当時はクロスシートは好まれなかったのかもしれませんね。 |
トワイライトエクスプレス瑞風の模型も置かれていました。奥には車内で使用している設備も展示されていました。さすが超豪華列車だけあって、エルメスなどの超一流品が使用されているようです。すごい! |